平面的な排除の構造というのは、ただ単に、他者との間に一線を引いて線のこちら側と向こう側という差異をつくり出し、それによっておのれの独自存在を確保しようとするような排除の構造のことです。
立体的な排除の構造においては商品たち全員の存在確保のための機構がつくり出されるのに対して、平面的な排除の構造においては、いわば他者犠牲の上におのれの存在確保が図られます。
後者のごとき排除の構造は、根本原理として競争メカニズムが働いているところからきます。
競争関係のなかで彼我の間に何らかの差異をつくり出し、そしてその差異があることをもっておのれの存在の独自性を示そうとするわけです。
また、そのような仕方でしかおのれの存在の独自性を示すことができません。
どの競争者にとっても福がもたらされる好況期のような状況下にあれば排除の構造などなしに「友情」が花開くはずのところ、無理やりにでも共存体を割ってそこに差異をつくり出さなければならないという差異化社会・・・
言い換えると不況期におけるサバイバル戦のごとき状況が常態化している競争社会は、それを許さないのです。
いじめにあった者も事情次第ではいじめる側に回ったかもしれないし、逆も真です。
合格者も事情次第では不合格になったかもしれないし、逆も真であるのと同様に。
そこに役割変換性あるいは代替可能性があることは容易に見てとれるでしょう。