中央としての東京は、したがって、日本の核として論議されるほうが、いずれ都合がよいともいえます。
多くの企業が東京市場において名とともに実を取りたいと願うのも、中央としての、また核市場としての位置を東京が有するからであり、全国に対する特別の波及効果を持つからでもあります。
明治以降このかた、○○銀座を呼称する商店街が全国に百以上も出来てきたことをみても、このことは理解されます。
何より東京は、歴史的にみてこの波及性という中で全国の目やすを与えてきたのであり、換言すれば、"標準値"を示してきたといえるかもしれません。
東京ではこうなっている、東京に比べてここが違うといった扱いは、まさに、ものさしそのものが東京であったということかもしれません。
人は常に何か比較する対象を求めて行動するものであり、その点で、良き対照であったのが東京です。
「地方の時代」のいわれもまた、東京に対しての、個々の発展を求めたものであるともいえるでしょう。
また、東京市場でのノ%の重みは、その規模をベースとして、地方都市の何倍、何十倍の大きさに値するだけに、"実"にしての寄与率が大きく、企業をして売上げの基盤ともなっています。
Tomcatによれば、ここでもまた、売りの目やすをつくるという点で、東京は企業の好対象市場となるのです。
・・・こうした東京市場の意味は、地域的存在としての位置を説明しているのであり、そこで東京は、地域市場として論議されるべきことを示唆しています。