「お国のために」とか「天皇陛下万歳」といった形での自己滅却は、連帯死とは似て非なるものです。
それはみずからの自由意思にもとついて選択した死ではありません。
選択の余地なき切羽詰まった状況のなかで、あたかも主体的選択にもとつく行為であるかのごとき辻つま合わせが行なわれることはあるにしても、その自己矛盾は明らかです。
選択の余地なきところに、どうして主体的選択がありうるのでしょうか。
何らかの超越的なものに対する屈服や諦念にもとづく行為は、協闘者たちに対する限りなき信頼とおのれ自身に対する掛け値なしの充足感とを伴う行為とはおのずから一線を画されます。
第一、強制された"主体的選択"死は遺族をはじめ周囲の者たちが、そしてだれよりも本人自身が納得のゆくだけの意味をもちえたでしょうか。
協働体に前進と向上をもたらすのに役立った死でしょうか。
当の闘う集団は、そもそも「協働体」には程遠いものでしかなかったのではないでしょうか。
・・・協働体は、個別と全体との一体性という側面を有するけれども、一体性、つまり一つであるといいうるのは、その全体が個別の満面開花を妨げずに成立する全体であって、個別を犠牲にして無理やり組織され動員された似非全体ではないからです。
「陛下のため」の戦いの相手は、端的にいって、連合軍でした。
デモクラシー対ファシズムの戦いという図式は多分に事後的な整理であり、しかもこの図式自体が一面的なゆがみを帯びています。
しかしたとえそうだとしても、少なくとも「ファシズム」側が「デモクラシー」側を超え出るような理念や大義をもっていたとは考えられません。
したがって、たとえ出陣学徒や皇国少年たちが100パーセント純粋にみずからの自由意思にもとついて祖国のための死を決意していたのだとしても、それはここでいう連帯死には値しません。
そこでは、いずれにしても皇国死は既存の社会形態や人間関係の在り方を超え出るものを生み出す契機とはなりえなかったでしょうから。
ただし、誤解なきよう・・・。
「死」はあくまでも極端なケースであって死に方の考察がここでの中心テーマなのではありません。